人見知りあるある言いたい

前から人見知りという実感があるPeeKaBooです。よろしくどうぞ~。ということでYouTuber(主に視聴しているのはわいわいさん)のような挨拶からスタートするわけですが、以前から人見知りじゃないかという疑惑がある。というのも、初めて話す人は適当に話すことができるのに、多少知り合った人に対しては何を話していいかわからなくなるとか、人見知りあるあるに共感することがあった。そこで、改めて自分が思う人見知りあるあるを発表する。

 

知り合いを遠くから視認したとき避けがち

これは人見知りあるあるとしてトップに君臨しても良いレベル。知り合いを見つけたなら気軽に声を掛ければいいのに、なぜか声をかけることができない。特に今話したいこともないしまあ気づいたけどええかの気持ちである。そもそもそんな場所で話しかけたとして特に言うこともない。この能力が上がると誰よりも知り合いの存在に気づけるようになる。

 

話したいことが思いつかないと喋らない

これは人見知りあるあるなのかどうかわからないが、話したいことがないのに話す必要がないんじゃないかと思ってしまう。無理にしゃべってよくわからん展開になるよりは喋らない方がいいという主義。しゃべって微妙な空間を錬成するよりは喋らない方が得。

 

気まぐれに遊ぶ

人見知りあるあるだと信じたい。急にボウリングがしたくなったりとか、急に自転車を漕ぎたくなったりとか急に何かをやりたくなる。その遊びのコストが少ない場合はすぐに遊びに行くし、面倒だと思ったらやりたいと感じていてもやらない。流石に気まぐれが過ぎる。

 

人と積極的に関わる人間とは格の違いを感じる

人見知りだといち早く人間の多様性に気づくことができる。それは人見知りじゃない人間を見たときに嫌と言うほど人としてのあり方の違いを感じるからである。パーティーとかいう都市伝説みたいな会合に参加している人はすごいと思っている。

 

人見知りを治したいとは思っている

人見知りの人は、人見知りを治したいとは感じている。しかし、人見知りを治すための行動はほとんどしていないことが多い。わざわざ人見知りを治すために知らない人が多い場所に自分の身を置くことはない。人見知りを治すチャンスとなるのは、新しい環境に身を置いたときである。人見知りでも初動ファイトの重要性には気づいている。しかし、初動ファイトがうまくできないから人見知りのままなのである。

 

とりあえず思いつく人見知りあるあるは以上の通りである。人見知りを必ずしも直さなければならないわけではないと思っている。人見知りだからといって楽しみがないわけではない。人見知りならではの楽しみを見出せばいいと思う。